ふらふら生きつつふらふら書く

情報処理技術、演劇、仕事、生活、他諸々、頭の中を整理するために書き出します。

スケッチ2

堅苦しい学生服から身軽な半袖カッターシャツになって1か月くらいたった初夏。中学生活は始まったばかりで、授業が難しく感じられるわけでもなく、自分の将来や世間のニュースを憂うこともなく、ただただ、流れる時間の上を無邪気に漂っていた。一年生の教室は、ひとクラスを除いて2階建て校舎の2階にあり、中庭を挟んで上級生が過ごす3階建ての校舎の窓と向かい合っている。1年生の教室の南側に突き出た渡り廊下には窓がなく、中学生が簡単に落ちないように、白くてごつい、直径1Mはあろうかという欄干みたいなコンクリートが、70Mくらい東西にまっすぐ伸びている。中学生の太ももから胸くらいの高さまではその分厚いコンクリートが途切れなく続いていて、それを支える縦に分厚いコンクリートの支柱が、生徒4人分くらいの間隔で並んでいる。ひざから脛くらいの高さには、ガラスも柵もなくぽっかり長方形の穴が空いていて、そこから中庭の様子が伺える。廊下床面から脛くらいの高さには、ちょうど尻が乗るくらいの幅で段差がついている。そこに腰かけようとすると大抵の中学生が後ろ頭をコンクリにぶつける羽目になるのだが、大きく面取りされているため、少し猫背になってあげればちょうどよく、すっぽり納まる感じがあるのだった。強い日差しの中、給食当番が支度を終えるまでの間、教室内後方で盛り上がるやんちゃめなグループに馴染めない私は、教室の前方入口も後方入口も見える位置どりで、思春期特有の煩わしさから自分を守ってくれるそのシェルターに、同じくやんちゃさに馴染めないのであろう、静けさを好む彼と一緒に収まり、最近ハマっている漫画や趣味についてぽそぽそと話していた。穴から風が通って心地よく、分厚いコンクリートの日陰で2人ひっそりと過ごしていた。同じく支度を待つ女子生徒の多くは、教室後方の出入り口近くのロッカーの上に横一列に腰かけて、姦しく話している。彼との閑談のはざま、ふいに目を向けると、出入り口に最も近い位置に座っているその人だけがちょうど見えていた。頭のてっぺんから響いているような、鈴がなるように細く軽やかな高い声で、楽しげにころころと笑うその人の表情が浮き出るように鮮明で、思わず目を逸らせずにいると、その人も話題のはざまにあったのか、こちらの目線に気が付いたふうだった。瞬時、しまったと思う間もなく、悪い懸念が頭をよぎり、脳みそと頭蓋骨の隙間にこの羞恥への言い訳があふれ出ようとしたが、なぜか、その人は表情を曇らせるでもなく、柔らかくするでもなく、たじろいだ様子もなく、攻撃的ではないにせよ、何か凛としたしたたかさを目の奥に秘めていることに気づけるほど、まっすぐこちらを見据えていた。それは気のせいだったと錯覚するほど短くて広い時間があって、間もなく、その人は次の話題に呼びかけられ、それと同時に、道に転がっていた話題を捕まえて、彼に視線を戻した。掬い上げた話題について口を開いているうち、やっぱりさっきの出来事はなにか気のせいだったんじゃないだろうか、自らの思い違いだったんじゃないだろうか、すっかり忘れてしまったらいいと、せめて彼にこの動揺を気づかせまいと、素知らぬふりをした。当番は支度を終えたらしい。